ぎおん

ぎおんですね。昔はここも結構流行っていたのですけどなんでも韓国人がここを買ったそうです。そこでここの3階にある歯科も立ち退きです。なんでも山下通に歯科を建設中だとか。そこが完成次第移転するのでしょう。そしてここは何になるのか。韓国人向けの宿泊施設になるのかもしれませんね。こんなのを見るにつけて何だかなあ~。と思ってしまう。

だんだんと着実に対馬は韓国人に浸食されているのかも。うちだって韓国人が欲しいと言えば売るかもしれません。日本人は誰も買わないでしょうから買うと言えば大嫌いな韓国人でも売るでしょう。そんな人は多いと思いますよ。もはや対馬になんの魅力も無い。どんどん人は減っていくばかりでその対策も何もありません。子どもに帰って来いと言えない島に未来など無いと思う。
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本当に2030年、16年後には対馬の人口は23,000人と予想通りに展開しそうな気がします。そして残っている大半の人はお年寄りです。私もそのころは立派なお年寄り。私の年代は非常に多いですからね。対馬に残っている人も私の年代は多い。その多い年代が16年後には立派なお年寄りです。そのような年寄りばかりの島になってしまうと消費も落ち込んできます。落ち込んでくると今ある大きな店はどんどん対馬から撤退するかもしれません。ますます寂しい島になっていく。
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年取って気になるのは病気、大きな病院は隣町へ。当てにならない病院だけど厳原には何もない事になってしまいそうです。本当に何か対策が必要だと思うのですが、市は何か考えているのでしょうか。でも市が何をやったって人口減を抑えることはまず無理でしょうね。

市が無理なら国に頼るしかない?しかし国としても対馬をこのまま放置しておいて人がいなくなったところで核のゴミ捨て場を作れば対馬市に対してなんの補助金も出さずにオンカロを対馬に作ることが出来るかもしれません。地震の無い日本でも非常に安定した数少ない場所です。日本でこれほどオンカロを作るのに適した場所は無いと思うほどです。

ただ人が居なくなり反対する人が居なくなってからオンカロを作っても対馬人には何のメリットもありませんね。結構商売しているような人だったら誰でも考える事ではないだろうかと思う。私がこの話をして反論する商売人はほとんどいません。ちょっと前はそんなのとんでもないと考える人ばかりだったでしょうし、そんな話はタブーだったでしょうけど。

今やそんな綺麗ごとを言っていられない。それを上に作るか下に作るか、下に作るなら下の人は土地を売って島外に出るでしょう。上の土地を貰い上に住むなんて気は無いでしょうからね。逆に上に作るなら上の人は下の土地を貰い下の島で新たな生活もあるでしょう。下に人が集まり国からの補助も貰えば対馬は再生出来るかもしれません。私はどちらでも良い、上に作り対馬にかっての賑わいが戻れば子どもを呼び寄せ対馬に住み続けるでしょうけど、下に作るなら私は福岡に行きます。上に住む気はサラサラありませんからね。昔は上の人は下に来ると都会に来たと大喜び、下の人は福岡に行くのが普通でしたね。

こんなのを作れば対馬の漁業はお終いだと言う人も多くいるでしょうけど、では今の対馬の漁業は繁盛しているのか?いや衰退の一途でしょう。漁業関連で仕事をしているある人はもう対馬はだめだ、漁師を相手にしても漁が無いので金が入ってこないと言っています。漁が無いのは漁場が狭まっているのと、燃料の高騰で漁そのものに出れないのもあるようです。それならそちらに遠慮する必要は無いと思う。対馬はもはや漁業の島では無くなっています。ただこれは過去何度か書きましたけど最後の手段ですね。

その最後の手段を取らなくて良いようなよい方策、対馬を世界遺産に登録して日本人の観光客を呼び込むとか。それいがにも対馬のような国にとって大事と思われる離島に関して消費税を減免するとか。手遅れと思われるほど人が居なくなる前になにか方策を取れれば良いのですが。
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G5にZUIKO DIGITAL ED 50mm F2.0 Macroをマウントアダプターを介して取り付け撮影しました。開放F2、マニュアルフォーカスでの撮影です。マクロレンズでF2のレンズはほとんどありません。たぶんタムロンの1本とこのレンズしか存在しないと思う。素子はそれほど大きなカメラではありませんけどここまでボケますね。レンズ交換式カメラの場合だとこのような撮影をするにはマクロレンズが必要です。
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こちらはXZ-2のマクロモードにて撮影です。開放F1.8での撮影です。極小素子のコンデジとしては良くボケていますけど、近接撮影の場合はこの程度のボケの方が良いような気もする。少し離れるとボケは少なくなるので小さい素子では雰囲気が出にくくなるかな。
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by tsushimaisland | 2014-05-24 07:25 | その他 | Comments(6)

Commented by 宗像 at 2014-05-24 12:57 x
ぎおん 先輩の家でよく遊びに行ってました
韓国に買われましたか・・・・・・・

絵馬の事が問題になってるようですが
往復5000円位で行き来できるんだったら
補助金 〔出てるのか?〕無くせば いたらん人が
少しでも減るんではないかな 
ま日本人が観光に行かないのも 悪いんでしょう
韓国人だらけ だから行かない 悪循環です
Commented by tsushimaisland at 2014-05-24 23:32
こんばんは。

絵馬への落書きですね。これはたぶん最近の事ではないと思うんです。そう考えると全てに納得がいきますね。「お前ら日本人は海に沈め」と書いて自国の子ども達がおぼれた事になる。罰が当たったのでしょうね。こんなのを見るにつけて日本人はなんとまあ低俗な民族を相手にしていたものだと思ってしまいます。

運賃も上げればもうすこしましな韓国人が来ると思います。あまりにも安すぎですよね。距離的に言えば釜山~比田勝と厳原~壱岐となるんでしょうけど方や往復1万円で方や往復5、000円ですからね。それに対馬市から補助金が出ているとしたらめちゃくちゃですね。

釜山~厳原往復がどの程度なのか分かりませんけど。対馬~福岡往復が16、230円ですから釜山~厳原も往復8、000円程度なんでしょうね。

確かに韓国人ばかりだから日本人が行かないのもあると思いますよ。まさに対馬は自分の首を絞めているようなものでしょうね。韓国人御用達のホテルには日本人はほとんど泊まらないそうです。
Commented by coppoumon at 2014-05-25 23:39
祇園、さえんこつになったですね。中村蕎麦屋が消滅したとき、他山の石としなかったんですかね。いま、中村蕎麦屋が昔からの店構えで存在したら、対馬一の立派な老舗で通ったでしょうね。祇園も、美味しい店でしたが、子どものころは連れて行ってもらえなかったです。客単価を考えるとビルは建たないと思うのですが、それをやるんですねえ。年金持ってる年寄り相手の手堅い食堂やっていたら・・と思っても働く気がないと無理ですね。
桟原の大きな武家屋敷も、50年前に古藤先生が8000万で買って町のものにしたいと、かなり交渉したときに、不成立で、そのご、わずかの年月で宗教団体に買われてしまいましたね。

祇園の話に戻りますが、20年ほど前に行ったとき、食べたいメニューが、無かったです。うな重を頼んだら、不味さに、ほとんど残してしまい、空腹で余計腹が立って寝ることが出来ませんでした。それからは、帰省しても絶対行かない店でした。
Commented by tsushimaisland at 2014-05-26 07:30
おはようございます。

中村蕎麦屋さんって懐かしいですね。店が無くなってどのくらいたつのでしょうか。ぎおんさんも昔の店舗が良かったような気がします。おっしゃる通りでお客がどんどん来る回転率の良い立地ならビルを建てても元は取れると思うのですが、人口の少ない地域にどんなビルを建てても難しいと思います。ビルを建て大きなことをした店はどんどん潰れているような気がしますね。

ぎおんもそうだし岡田屋さん、ばってんさん。波多野電機さん。大きな売り上げが見込めないのにビルを建てる費用は対馬も内地も同じですからね。

桟原の武家屋敷?どこでしょうか。50年前の8,000万とはすごい金額ですね。創価学会の所かな。

そうですか。20年前だともうこのビルは建っている頃ですね。このビルも鉄骨じゃなくて鉄筋コンクリートで建てているのでお金はかかっていると思いますよ。何年前だったか建て増しもしているし。ビルの建築で資金使い果たしたかもしれませんね。そしてビルを建てて味が落ちたとか、料金が上がったとかは良くある話かもしれませんね。

Commented by coppoumon at 2014-05-26 10:48
桟原は、その某所ですね。会館はほんの一部で、4000坪ほどの屋敷でした。実は、滝があって、それは屋敷の外側にあり、そのために山が確保してあったのを、養子が売ったのです。でも、滝は枯れてそれなりにありました。次に、石垣を解いて池を埋めて宅地にしたのですが、湿気は上がるし、家は沈むという有様。その次は屋敷の屋根の修理400万が捻出できず、町に1億で打診したけど、町にそんな金ありません。で、現在に。
父は、あそこは、かねもないとに、はたらかんけのう、さきがみえとるちゃ・・と。個人で保持出来る家ではないと、早くに気づいて對馬のために保存しておいてくれたら、観光目玉だったですよね。上流武家の邸宅でしたから。滝の岩は、コンクリで固めてありましたよ。

ビルの祇園は居心地の悪い店でした。持ち主が代わってどうなるでしょうね。
Commented by tsushimaisland at 2014-05-27 07:07
おはようございます。

やっぱり創価学会の所ですか。4000坪とは凄いですね。50年前と言うとまったく覚えていませんが見てみたかったものです。その当時の写真でもあれば良いのですが。そのあたりに滝があったなんてのも初耳です。

そんなデカい屋敷を個人で所有するのは無理でしょうね。固定資産税にその維持費とかものすごいお金がかかるでしょうから。そのような屋敷を持っている豪族とかは次々に手放して行政の管轄で保存されているようですけど、厳原では無理だったのでしょう。やまや旅館も市が買い取っていれば良かったのにと思います。

そうですかぎおんは良くありませんでしたか。私はあまり外食はしないほうなのでぎおんにもあまり行ったことはありません。まあ確かにぎおんの1階でなにか飲食店をやっていたようですけどそちらも振るわなかったようですね。あまり箱モノに金をかけるとろくなことはありませんね。