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剣道昇段試験

おはようございます。

2日前は剣道の昇段試験でした。うちの子は3段審査、年々少なくなりますね。今回受けたのは70名近くいたのかな、初段、2段は中学生、3段は高校生、それ以上は一般の審査です。落ちたのは初段の子が一人、5段を受けた人が一人の計2人が実技で落ちました。落ちた場合は、長崎まで行って二次審査を受けるのでしょう。5段受けた人はともかく初段を落ちた子は可哀そうな気がします。

しかし逆に考えると、もう少し落としても良いのでは?と考えるのは良くないことでしょうか。受ければ通るでは、たんなる通過点のようか気がします。まあ、3段まではそんな感じですね。4段以上となるとそれなりに鍛錬していなければそうやすやすとは受からないのでしょうけど、3段までは実力は関係ない感じです。うちの子も実力があって通った訳じゃないでしょう。

しかし、剣道というのは難しい武道ですね。実力者の力差は紙一重のような感じです。抜きんでた人は皆無、昔はその抜きんでた人が歴史に名を残しているのでしょうけど。塚原卜伝、柳生とか、武蔵とか、歴史に残る人はその抜きんでた力があったのでしょう。やっぱり竹刀と真剣では違うのでしょうね。今の竹刀を真剣に置き換えたらいくら防具を付けていても双方が血だらけ。勝者なんていません。今の剣道は武道、昔は武術であり、命のやり取りをする手段、昔はどうだったのか非常に興味があります。

かすみがかかって手前の山の樹が浮かんで見えます。なんだかちょっと面白いなと思ったんですけど。
剣道昇段試験_b0165802_752535.jpg

by tsushimaisland | 2010-08-03 07:54 | Comments(4)

Commented by coppoumon at 2010-08-03 22:42
宮前から谷出橋に向かう緩やかな坂をあがると、視界が開けて高級武家のお屋敷が並び、小学橋から馬場先橋の緩やかな坂を歩くと、また視界が開けて城門に至る・・・というように、上手く城下町らしさを考えて町づくりがされていたのだなあ、と対馬を出てから知りました。
七五三商店の裏から渡辺かすまき屋の裏につながる山を里見壇というのだそうですね。一度、ここから下のほうを、見てみたかったです。たしかに浜のほうまで見渡せそうですね。こんこん様の前の広場は「勢溜り」といって、ここで身なりを整えてお武家さんたちは登城した、と聞かされていました。
なんのことだろう、と思って、聞くと、登城には家来がお供するのだそうです。で、家来のいないときは、勢溜りで、奴さんを雇って、あの距離を連れて歩くのだそうです。武士の体面ですね(笑)
身分によっては馬でお迎えが来たのだそうです。
Commented by tsushimaisland at 2010-08-04 07:28
おはようございます。

しかしよくご存知ですね。里見壇・勢溜りというのは初めて聞きました。なにか対馬の歴史書でも見てみると面白いのかもしれませんね。対馬関連の書は最近韓国の脅威みたいな事が書かれている書物が多いような気がします。

武家の家来と言えば、映画の武士の一分とか、たそがれ清兵衛に出てくる下級武士は農民を家来にいたようですね。城から下城するときにはその家来が城の門のところで待っていて、荷物を受け取り後ろから付いていく。武士の城での仕事も今のお役所仕事みたいな感じを受けました。こんなところから役人が幅を効かせる世の中の仕組みが出来てきたのでしょうね。。
Commented by coppoumon at 2010-08-06 14:16
写真の左の上のほうにGSが見えますが、昭和37年ごろ厳原港の堤防工事が始まり、石垣の石買います・・堤防の材料にするためにという人が現れたのです。
石垣を取り除いた後は、立派なブロック塀にして差し上げます、という「好」条件つきでした。
この近所がその第一号でした。石垣を積む手間を知っている親たちはびっくりしていました。
Commented by tsushimaisland at 2010-08-07 07:28
おはようございます。

ガソリンスタンドは鈴木石油ですね。厳原港の堤防は防火壁の石垣を敷き詰めて築いたんですか、それは知りませんでした。この防火壁はなるべく崩さないようにと指導があっているようですね。そう言えば私の裏庭にも防火壁がありますが、その裏に住んでいる役場の人がこの防火壁を崩してくれと言ってきたことがあります。崩すと裏が広くなるということでしたが、その後何も言ってこないので、役場の方針を知ったからヤバいと思ったのかも。

ま、私も崩すつもりはさらさらなかったですけどね。